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新一万円札の肖像画は実業家の渋沢栄一に決定!どんな人か調べてみた♪

 

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渋沢さんってどんな人?

 

ど〜もken2(けんけん)です!

 

本日政府・日銀がお札のデザイン・肖像画を一新するという発表をしました。

これら新札は5年後をメドに発行されるとのこと。

「キャッシュレス社会に向かうのになぜコスト掛けてやるの?」といった思いはありますが、偽札対策として一定期間(20年ごと)の更新は必要なのでしょう。スパン的に考えると最後の現金アップデートになるかもしれません。

1万円札に選ばれた渋沢栄一は、実業家として名前は知ってた(一昨年行ったサッポロビール博物館で説明があった)のですが、詳細までは知らなかったのでこれを機会に調べてみました。

 

今回2冊の本で勉強しました。

渋沢栄一ー社会起業家の先駆者:島田昌和著(岩波新書)
原点で読む渋沢栄一のメッセージ:島田昌和編(岩波現代新書)

渋沢栄一のプロフィール~生まれから幕末・明治まで~

1840年に現在の埼玉県深谷に農民の子として生まれながら、幕末の激動期に武士の身分を獲得して、武士として道理を強く意識しながら成長。

その後一橋家の家臣として働き、幕末最後の幕臣として徳川慶喜に忠義を尽くし、日本が初参加した1867年の第2回パリ万博の派遣団に書記・会計・経費管理などの職務で随行。万博後もヨーロッパ各国を視察しながら寄港地や欧州など先進諸国の進んだ技術を目の当たりにする(建設中のスエズ運河にも寄っている)。

しかし海外派遣中に徳川幕府は終わりを迎え、彼らは資金面の問題や新政府からの命令などにより帰国。

帰国後には蟄居する慶喜のいる静岡で、地元商人と関わりながら民業発展のために尽力。その後推薦により大蔵省に抜擢され租税業務に携わる。同じ省内には伊達宗城・大隈重信・伊藤博文がいた。優れた能力でスピード出世しながらも、財政主導権争いのために辞任に追い込まれる。

 

渋沢栄一のプロフィール~経済人のリーダーとして~

民間人となってからは、第一国立銀行(現みずほ銀行)をはじめ合本組織(株式会社)による企業の創設や育成に力を入れ、生涯には500もの企業に関わったと言われており、「日本資本主義の父」と言われている。

関わった企業の一例
東京証券取引所、東京海上火災保険、東京急行電鉄、帝国ホテル、京阪電気鉄道、キリンビール、サッポロビール、東洋紡績などなど

国を豊かにするためには商工業を盛んにしなければならず、盛んにするためには人々が資金を出し合う株式会社組織が必要であり、株式会社組織を経営するためには強い道理を持つ必要があると考えていた。また新旧様々な階層が集まる民間を結集するために「論語」をモラルの説明として用いた。

1923年(83歳)には東京で関東大震災に被災し、事務所も第一銀行も焼失したが、後藤新平とともにすぐさま復興へ動き出した。

1931年に死去。享年92歳。

 

渋沢栄一を調べてみて・・・

実業家としての名前は知ってましたが幕末や明治政府内でここまで活躍した人だったとは!プロフィールに大河ドラマに出てくるような偉人がバンバンいてビックリですね。

大蔵省時代もとても優秀だったみたいですが、民間の実業家としても多くの企業と関わり、しかも超有名どころばかり!さらには私利益ではなく道理正しさや道徳に基づく公の利益を目指していたなんて・・・福沢諭吉の後継者というものも納得です(笑)。

 

一方で最近の起業家も同様のビジョンを持ってる人たちが注目されてるのは面白いところですね。歴史は繰り返される・・・。

 

彼の「道理正しい」経営方針は武士を経験してたからかもしれません。しかし幕末の動乱とともにいつ死んでてもおかしくないですし、もし江戸開城のころ日本にいたら彼は別の形で活躍してたかも・・・いやぁいろいろ想像すると歴史って面白いですね♪

 

彼の著書である「論語と算盤(そろばん)」も読んでみたくなりました♪

 

ABOUT ME
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埼玉の会社を辞めて妻とともに旭川に移住した40代ヒゲボウズ。 無職で坊主頭ですがやらかした訳ではありません🎶 シンプルライフを実践しながら地方でノンビリとした生き方を模索中!